【第3回】判例研究会 『法定外公共財産である現況道路の市有地について、公物であることを理由に取得時効が認められなかった事例』
最終更新日:2026.03.13
事実
(1)事実概要
本件は、旧所有者により公衆の自由通行が事実上黙認されていた私道が松本市(以下「市」という。)に寄付され、市有地(以下「本件対象地」という。)となった後も引き続き市により事実上公衆の自由通行が黙認されていたが、道路法による市道としての路線認定はなかった本件対象地について、Xが時効取得の要件を満たす占有を継続したとして、市に対して所有権移転登記を求めた事案である。一審判決は本件対象地が事実上の袋小路で公道として使用されておらず、道路舗装その他の道路管理が行われたこともなく、道路計画の立案も長期間されなかったことから、将来の道路予定地としての公共的必要性は高くなかったとして、公物に準じて取得時効の適用を否定すべき程の高い公共性はないと判断し取得時効を肯定した。控訴審判決は、本件対象地は予定公物であり、Xの占有開始の直前まで道路としての形態及び機能を保持しており、道路法上の公用開始決定はないものの市として黙示の公用開始決定をしたものと評価できるとした。その上で、占有開始時までに黙示の公用廃止がされたと認められるような特段の事情のない限り、取得時効規定の適用はないとして取得時効を否定した。
(2)事実関係要旨
本件対象地は、昭和30年代半ばまでは旧所有者の所有する私道敷地であり、旧所有者は自身が設置した工場への通勤路として当該私道敷地を利用していたところ、昭和36年頃の工場廃止に伴い、工場跡地に通じる道路を確保するため当該私道敷地東寄り部分を市に寄付し、昭和37年3月15日寄付を原因とする所有権移転登記が存在する。一方、Xは、昭和34年10月に本件対象地を含む私道に隣接する土地を取得し本店を置くと同時に私道敷地の利用を開始し、これを皮切りにXは本店周辺の土地や私道に接する土地の取得を進め、事業用土地として活用するようになった。さらに、旧所有者の工場廃止に伴い、当該私道敷地西寄り部分を旧所有者から取得し駐車場等として利用するようになった。なお、当該私道敷地の南端は工場跡地に有刺鉄線が設置されたことに伴い行き止まりの袋小路のような状態になっていた。その後、昭和47年7月頃、Xは、本件対象地に構築物を設置して、独占的かつ排他的な占有を開始した。そして、昭和55年頃、工場跡地の一部を長野県が取得し県営住宅を建設したが、その建設に先立ち、昭和54年12月に長野県が本件対象地に係る市との境界確認の申し入れの際に、本件対象地がXに占有されていることが認識された。昭和59年12月19日には、本件対象地を除く市有地部分が路線認定され、昭和60年には市道として供用が開始された。さらに、平成4年には、市議会議員から市に対して、本件対象地がXに占有されていることは問題であると申し入れがなされ、平成9年には市とXとの間で話し合いが持たれ、双方が主張を述べ合ったが、解決には至らなかった。
(3)第一審の判断
第一審は、本件対象地にXが構築物を設置した昭和47年7月の占有開始時点から20年後である平成4年7月までの間、一度も公共用財産としての形態を備えたり、現に公共の用に供されたりしたこともなく、その公共的必要性は必ずしも高いものではなかったと認められることから、本件対象地について、公物に準じて取得時効の適用を否定しなければならないほどの高い公共性があったとは認められず、その他これを認めるに足りる事情は本件証拠上見当たらないとし、Xの請求を一部認容した。
判旨(控訴審)
「…本件対象地は、昭和37年に旧所有者から寄付を受けて市の公有財産となったものであるが、寄付と同時に道路法上の道路としての路線認定などの公用開始決定が明示的にあったわけではなく、市の普通財産となるにとどまり、寄付と同時には市の行政財産とはならなかった。しかしながら、…旧所有者が昭和37年以前に公衆の自由な通行に供されていた状態をそのまま引き継いで、昭和37年以降も公衆の自由な通行に供されており、道路としての形態及び機能も維持されていた。そして、…市は昭和37年以降、本件対象地を含む道路について、普通財産ではあるが、将来的には路線認定して道路法上の道路として供用開始する意図を有しつつ、路線認定があるまでの間も道路としての形態及び機能が維持されて公衆の自由な通行に供されることを黙認していたものと推認される。
そうすると、本件対象地を含む道路は、昭和37年以降は、将来的には行政財産となることを予定したいわゆる「予定公物」であり、また、市は、本件対象地を含む道路について、昭和37年に寄付を受けた時点において、当該道路を事実上の道路として公衆の自由な通行に供するという内容の黙示の公用開始決定をしたものというべきである。そして、本件の道路のように、予定公物であって、現に道路としての形態及び機能を有しており、かつ黙示の公用開始決定があった道路は、取得時効期間の起算点たる占有開始の時までに黙示的に公用が廃止されたと認められるような特段の事情がない限り、取得時効の規定の適用がないと解するべきである。なぜならば、このような財産は、現に公共の用に供されている公有財産であるので、取得時効の規定の適用に関しては、実質的には行政財産と同じように扱うのが適当であるからである。…私人が道路としての形態及び機能を有し続けている普通財産たる市有地の占有を開始しても取得時効の適用がないとみるのが、法解釈上の落ち着きが良いと考えられる。
本件についてはこれをみるのに、…Xが昭和47年に本件構築物を設置して排他的占有を開始するまでの間、普通財産ではあるものの道路としての形態、機能を維持して公衆の自由な通行という公共目的に供用され続けていたにもかかわらず、Xによる本件構築物部分の排他的占有開始により、公衆の自由な通行の妨害という公共の利益に反する事態が現実に発生したほか、Xの時効取得を認めると本件構築物部分の道路法上の道路としての供用開始という公共目的が実現不可能になるという事情が認められる。そうすると、本件対象地は昭和37年に市有地となってから昭和47年の本件構築物の設置までの期間の占有開始を原因とする取得時効を主張しても、取得時効の規定の適用はなく、取得時効が成立しないというべきである。
以上によれば、Xの請求は…いずれも失当である。 よって、原判決のうちXの請求を一部認容した部分を取り消して同請求を棄却し、…Xの附帯控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。」
略図
研究
取得時効については民法162条に規定されているところ、この取得時効の制度が本件の道路のように公物にも適用があるかについて、かつては最高裁も「公物の時効取得は原則として認められない。」という考え方を取っていたが、場合によっては認められ得るという考え方に変化しているようである。第一審においても、「公共の用に供される公物の取得時効が否定されるのは、公物の有する公共性が、時効制度で保護されるべき私的利益に比して大きいことによるものと解される。」として、公共性と私的利益との比較衡量をもって判断、取得時効を肯定した
民法162条
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
これは公物に限らず、本件のようないわゆる予定公物も一律に考えて問題ないものと考えられる。予定公物とは将来公用又は公共用の財産(行政財産)となることが予定されているものである。一口に予定公物といっても、公益性の非常に強いもの、公共の用に供されているが行政的な手続き行為を欠くもの等その形態や公共性の程度も様々であるが、第一審においては、「公物としての形態をどの程度備えたものであるか、当該公有物の公共性の実質、公共的必要性などを総合的に検討して、取得時効の適用を排除するに足りる合理的な理由があるかどうかを個別に検討すべきであると解される。」として、予定公物の場合にはそれが千差万別であることから、個別事案ごとに公共性の程度や公共的必要性の検討をもって判断しているものと考えられる。なお、本件の道路は予定公物であるが、公物に準じた取扱いがなされているところ。
次に、本件における公共性と私的利益との比較衡量であるが、この判断は第一審と控訴審では異なっているが、取得時効を否定した控訴審では、「旧所有者の私有地であった当時から道路としての形態及び機能を保持し公衆の用に供され、旧所有者からの異論もなかったこと、その後市有地となった後も、道路としての形態及び機能を保持し続け、道幅が狭くなったほかは、私有地の時代と同様に公衆の用に供されていた。」として、道路の形態や機能を認めるとともに、道路法上の道路として路線認定は受けていなかった(=明示的な公用開始決定はなし)ものの、将来的には行政財産とする意図があるとして公共性を重視している。
一方、取得時効を肯定した第一審においては、Xの使用実態や市の維持管理状況、Xの占有への対応状況から「将来の道路予定地としての公共的必要性が特に高かったとも認められない」として、公共性を否定し、Xの私的利益を重視している。
また、この判例は、道路、鉄道、河川、公園といった公物や公共性という概念だけをもって取得時効は否定されるといった考え方に対して警鐘を鳴らしたものと考えられる。取得時効制度の目的は永続した事実状態を尊重することにあることから、公物であることだけをもってこれを否定することは法律の安全性を害するものではないか。よって、第一審で言及のあったように、市としては定期的な維持管理を行うとともに、Xの占有に対しては早期に対応すべきであり、この点は市に落ち度があったと言わざるを得ず、第一審の判断にも影響を与えた可能性が高く、意義のある判決であると考える。
公物と取得時効に関する判例は過去にそれほど多くはないが、これまでの判決や学説から、公物に関しては、①明示的に公用廃止がなされない限り時効取得を否定する、②民法162条に基づき時効取得を肯定する、③取得時効は肯定するが、公用が廃止されない限り公物であることの負担を受ける、④原則取得時効は否定するが、黙示の公用廃止があった場合には時効取得を肯定する、概ね4つの考え方がある。
用地実務においては、公物又は予定公物といった表現より行政財産又は普通財産といった表現の方が一般的であるが、今回の判例の考え方から行政財産については公用開始決定がなされていることに加え、外形上からも道路とはっきり認識できることから取得時効の対象とならないことは明らかである。それでは、本件のような普通財産のケースについてはどうだろうか。
国有財産法3条及び地方自治法238条において、行政財産は公用又は公共用に供し、又は供するものと決定したものとし、それ以外のものを普通財産と定義している。本件の市有地は普通財産であるが、公共の用に供され、道路としての形態及び機能を有していると評価されているように、普通財産であっても道路としての形態や機能を有し、公共の用に供されている(≒外形上からはっきり道路として認識されている)ものは行政財産に準じて取得時効の対象としない取扱いが妥当であると考える。
よって、高い公共性があったとは認められないとして取得時効を肯定した第一審の方が妥当な判断ではなかろうか。上記①と②の考え方を基本としつつ、公共の用に供されていないことが外形上からもはっきりしている限りは民法162条の主旨を広く解釈して時効取得を認めるべきである。
国有財産法3条
(国有財産の分類及び種類)
第三条 国有財産は、行政財産と普通財産とに分類する。
2 行政財産とは、次に掲げる種類の財産をいう。
一 公用財産 国において国の事務、事業又はその職員(国家公務員宿舎法(昭和二十四年法律第百十七号)第二条第二号の職員をいう。)の住居の用に供し、又は供するものと決定したもの
二 公共用財産 国において直接公共の用に供し、又は供するものと決定したもの
(略)
3 普通財産とは、行政財産以外の一切の国有財産をいう。
地方自治法238条
(公有財産の範囲及び分類)
第二百三十八条 この法律において「公有財産」とは、普通地方公共団体の所有に属する財産のうち次に掲げるもの(基金に属するものを除く。)をいう。
一 不動産
(略)
3 公有財産は、これを行政財産と普通財産とに分類する。
4 行政財産とは、普通地方公共団体において公用又は公共用に供し、又は供することと決定した財産をいい、普通財産とは、行政財産以外の一切の公有財産をいう。
なお、今回の控訴審判決は上記④の立場にたったものと考えられるが、黙示の公用廃止が明確ではないこと、また、本件のような普通財産においては外形上の道路であるかの認定を厳格に行ったうえで道路としての公共性と私的利益とを比較衡量して判断すべきであり、分かりづらい判決であったと考える。
また、上記③については、例えば道路法上では第4条に私権の制限として私人の所有権を認めつつ、行政財産であることから私権の行使を制限しているが、この考え方も民法162条の主旨を踏まえると、外形上もはや道路として認められない状況下にあるならば、行政財産(=道路)であることによる負担は排除して完全な所有権の取得を認めるべきではないだろうか。そうでなければ、取得時効制度の実質的意義が失われてしまうものと考える。
道路法4条
(私権の制限)
第四条 道路を構成する敷地、支壁その他の物件については、私権を行使することができない。但し、所有権を移転し、又は抵当権を設定し、若しくは移転することを妨げない。
最後に、本件は第一審と控訴審で判断が分かれたが、今後の同様の訴訟においては、行政財産や行政財産に準じて取扱う普通財産の「公共性」のみにとらわれすぎず、このような財産であっても民法162条の主旨を踏まえて取得時効が可能か否かについて、その要件や判断基準の明確化に踏み込んでほしい。
用地取得実務においては、取得時効制度は民有地取得の一方策として活用されているところ、本件が直接的にその参考になるものではないが、道路や鉄道等の建設事業が完了した後の管理面での実務の参考になるものである。本件のように適正な用地管理を怠ると事業用地の権原を喪失するリスクがあることを用地実務者は十分認識、理解しておくべきであろう。
また、本件からは少し派生するが、本件は第一審において構築物を設置して占有を開始した事実をもって時効取得を求めた第3次予備的請求のみが認容されたことから、時効取得が認容されるためには通行の事実のみでは足らないということが分かる。本件道路は公衆の用に供されておりXの通行は阻害されていなかったが、仮に路線認定がなされず市が単に市有地として土地を所有しXの通行を認めなかった場合には、時効取得ではなく、民法283条に規定される地役権の時効取得を主張して通行権を確保することも選択肢としてはあり得るであろう。
民法283条
(地役権の時効取得)
第二百八十三条 地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。
