Column 補償コラム

【第5回】判例研究会 『高齢者を売り主とする不動産の売買契約が高齢者の意思能力の欠如を理由として無効とされた事例』

最終更新日:2026.05.25

事実

 (1) 事実概要

 本件は、不動産事業を営むXと訴外A(大正13年生)との間で、Aが東京都目黒区に所有する建物(以下、「本件建物」という。)及び土地(以下、「本件土地」といい、本件建物と併せて「本件土地建物」という。)を代金5600万円で購入する本件売買契約を締結し、本件土地建物につきXへの所有権移転登記を経由したものであるが、その後Xは、Aとの間で賃貸借契約を締結して本件建物を占有するAの長女とその夫(以下、「Yら」という。)に対し、Xが本件建物について所有権を有することの確認を求め、AとYらとの賃貸借契約の解除に基づき、本件建物の明渡し等を求めた事案である。これに対し、Yらは、本件売買契約締結当時Aは大脳委縮の進行による意思無能力状態であり本件売買契約は無効という主張を行った。判決では、医師による診断書や鑑定書、判断能力の程度を示す事情、認知症の症状等について検討した上で、Aは中度の認知症に罹患し、社会生活上状況に即した合理的な判断をする能力が著しく障害され、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要な状態であったと判断し、かつ、本件売買契約は、Aにとって極めて不合理なものであって、X側が不動産取引の専門家として十分な注意を尽くしていたとは言い難いとし、結論として、本件売買契約はAの意思無能力により無効であると解するのが相当であると判断し、Xの本訴請求を棄却した。

 

 (2) 事実関係要旨

 本件建物は、昭和53年に建てられた建物であり、駅近くにあって、かつてはAが部屋数14のアパートを経営し一部屋月額5万円程度の家賃で大学生に賃貸していた。平成2年頃には、AはYらとの間で本件建物のうちYら占有部分を賃料月20万円(その後月10万に減額された。)で賃貸する旨の本件賃貸借契約を締結し、Yらへ占有部分を引き渡した。

 

 Xは、平成22年5月27日に本件土地建物を所有するAとの間で、本件土地建物を5600万円で購入する旨の本件売買契約を締結し、同年7月6日に本件土地建物につき本件売買契約を原因としてAからXへの所有権移転登記手続きを行った。

 

 Xは、平成22年8月4日にYらに対し、本件売買契約に基づき本件賃貸借契約の賃貸人たる地位をAから承継したこと、Yらに転居を求めたいことなどを通知したところ、Yらは、同年9月10日頃、Aは高齢で意思無能力であり本件売買契約は無効であるとして、Xの要求に応じられない旨返答した。その後、XはYらとの明渡交渉を続けたが、結局Yらがこれに応じなかったことから、同年10月29日、Yらに対し本件賃貸借契約を継続し難い重大な背信行為があるとして、同契約を解除するとの意思表示を行った。

判旨

 「…本件の争点は、(1)本件賃貸借契約の賃借人がAの長女であるかその夫であるか、(2)本件売買契約がAの意思無能力により無効となるか否か、(3)本件賃貸借契約が終了したか否かである。…争点(2)について、本件売買契約がAの意思無能力により無効とされれば、その余の争点を検討するまでもなく、Xの請求はいずれも理由がないことから、まずは争点(2)について検討する。

 

 …本件売買契約締結当時、Aは中等度の認知症に罹患し、記憶や見当識の障害があった上、周囲に対して取り繕ったり迎合的になったりして場面や相手によって自らの意見を変える傾向が顕著であり、自らの意見を表明することが困難な状態であって、社会生活上状況に即した合理的な判断をする能力が著しく障害され、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要な状態であったということができる。

 

 …本件土地建物の代金5600万円が不相当に低廉であったとかそれ自体が不合理な内容であったとは認められないものの、AとAの長女との関係性や本件土地建物を巡る経緯からすれば、Aにとって、本件売買契約は極めて不合理な内容のものであったと言わざるを得ない。すなわち、第三者に本件土地建物を売却することで、Yらが当該第三者から立ち退きを迫られ自宅を失う事態にもなりかねない極めて不安定な立場になるのであるが、Aの長女はAの子であって、AとAの長女との間に確執があり関係が悪化していたとも認められず、その他AがYらに黙って本件売買契約を締結することが合理的であるような事情は認められない。

 

 …本件売買契約締結についてのAの意思能力の有無を判断するに当たっては、契約締結を主導したAの夫にも既に相当の判断能力の低下があったことが前提とされることになる。

 

 …本件売買契約締結当時Aが意思無能力であったか否かを判断するために考慮するべき事情として、次の点を指摘することができる。すなわち、Xは、不動産の売買・賃貸管理及びその仲介等を営む株式会社で宅地建物取引業者であり、X代表者は…宅地建物取引主任者であって、不動産取引の専門業者であるところ、本件売買契約締結当時、Aは85歳、Aの夫は88歳と高齢であり、Aらに特段親族間に争いがあることは聞いていなかったXにとって、Aの長女に知らせることなく本件土地建物を売却したいなどその要望が一見して不合理で後日紛争になることは明らかであったにもかかわらず、XがAらの要望を漫然と受け入れ本件売買契約を締結したことは、Aに取り繕いの症状があり、本件陳述録取公正証書の作成に立ち会った公証人でさえ「意思能力、判断能力に関して通常人と異なる状態を感じることはなかった」との印象を受けたことを踏まえても、果たして不動産取引の専門家として十分な注意義務を尽くしたかには疑問が残るところであって、この点も、本件売買契約の有効性の判断に当たって考慮すべきである。

 

 …以上の事情を総合すれば、本件売買契約締結当時、Aは中程度の認知症に罹患し記憶や見当識の障害があった上、周囲に対して取り繕ったり迎合的になったりして場面や相手によって自らの意見を変える顕著な傾向があり、自らの意見を表明することが困難な状態であって、社会生活上状況に即した合理的な判断をする能力が著しく障害され、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要な状態であったところ、Aが極めて不合理な内容の本件売買契約を締結してしまったのは、かねてより本件土地建物の処分を主導的に検討し、当時既に相当程度判断能力の低下していたAの夫がYらが立ち退かないなどとして本件土地建物をXに売却しようとしていたのを受け、AがAの夫や家族の意見に迎合し、本件売買契約の結果の是非を正しく判断することができず、Aの夫と同様の不合理な判断をしてしまったことによるものということができる。そうすると、Aは自己の行為の結果を正しく理解し合理的な判断をする能力が著しく障害されていたために本件売買契約を締結してしまったものであり、これに対して、Xは不動産取引の専門家として十分な注意義務を尽くしたとは言い難いのであるから、本件売買契約はAの意思無能力により無効であると解するのが相当である

 

 …Xは、本件売買契約締結当時、Aに意思能力があったことを示す事情として、①Aが本件陳述録取公正証書を作成し、公証人が「本職との会話を通じ、意思能力、判断能力に関して通常人と異なる状態を感じることはなかった」と記載していること、②Aは本件土地建物の売却動機を自筆の手紙に丁寧な筆跡で明確に記載していること、③Aの夫とAの二女が同席し本件売買規約に問題がないことを確認していること、④Aらが相談していた弁護士や売買代金の決済に立ち会った司法書士もAの売却意思には問題がなかったと述べていることなどを挙げる。しかし、①については、…弁護士や公証人等医師以外の者からすると、取り繕いのため認知症に罹患していることに気付かないという事態が生じることを想定することができ…①の事情が上記認定を左右するものとはいえない。②については、…XやAの二女に迎合して作成されたものと推認することができ、上記手紙が上記認定の妨げになるものではない。③については、Aの夫自身に被害妄想等の認知機能の異常があったこと…Aの二女が同席している点については…本件売買契約締結後に仲介手数料名目でAから多額の金銭の交付を受けたことなどからすれば、Aの二女が自らの利を図るために本件売買契約を進めていたことが推認されるから、Aの二女が同席していることから本件売買契約に問題がなかったといえるわけではない。④については、Aに取り繕いの症状があり…公証人でさえ「意思能力、判断能力に関して通常人と異なる状態を感じることはなかった」との印象を受けていたのであるから、弁護士や司法書士がAの売却意思に問題がないとの印象を抱いたとしても何ら不自然ではなく、上記認定を左右するものではない。

 

 …したがって、本件売買契約はAの意思無能力により無効であって、XはAから本件建物の所有権及び本件賃貸借契約における賃貸人たる地位を承継していなかったことになるから、その余の争点について検討するまでもなく、Xの請求はいずれも理由がない。

 

 以上によれば、Xの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。」

研究

【第5回】判例研究会 『高齢者を売り主とする不動産の売買契約が高齢者の意思能力の欠如を理由として無効とされた事例』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本件で争点となったのは売買契約当事者であるAの意思能力の有無についてであるが、民法第3条の2には意思能力の条文が定められているところ、意思能力を有さない当事者による法律行為は無効とされている。

 

民法

(意思能力)

第三条の二 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

 

 意思能力の有無に関する判断基準については民法上に明文規定がないことから画一的な解釈は存在せず、意思能力の有無を認定するに当たっては個別の事案において判断されることになる。一般的には医学的資料や契約内容の合理性が重要なポイントになるが、本人の態度や周囲の反応などを含めた複数の事情を総合的に見て判断する総合評価が重要とされている裁判例も多い。

 また、意思能力の判断基準は契約時点に限定して評価されることが民法上にも明記されており、契約時点の前後の状態ではないことにも留意が必要である。

 

 これらの意思能力の判断基準を踏まえて、本件判例について振り返ることとする。

 

(1) Aの意思無能力を認める判断材料について

 本件で裁判所はAの意思無能力を認め本件売買契約は無効となったが、Aの意思能力の有無を検討するうえで、①Aの判断能力②本件売買契約の合理性③Aの夫の関与④原告側(X側)の事情の4点が焦点となっている。

 

 ①Aの判断能力については、医師の診断結果をはじめ、認知症による記憶や見当識等の障害等により社会生活上状況に即した合理的な判断をする能力が著しく障害され、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要な状態であったことが述べられており、医学的資料や意思能力の有無を検討するに当たっては妥当であると考える

 

 ②本件売買契約の合理性について、一般的には契約内容が社会通念上妥当であるか、著しく不利益な条件ではないか、といった観点から契約内容の合理性を判断材料とすべきであると考えるが、本件では『第三者に本件土地建物を売却することで、Yらが当該第三者から立ち退きを迫られ自宅を失う事態にもなりかねない極めて不安定な立場になるのであるが、Aの長女はAの子であって、AとAの長女との間に確執があり関係が悪化していたとも認められず、その他AがYらに黙って本件売買契約を締結することが合理的であるような事情は認められない』と述べられている。確かに本件売買契約の成立をもってAとYらとの賃貸借契約は終了する(XとYらとの賃貸借契約に引き継がれる)ことが考えられるが、それは他の賃借人も同様であり、親族間における確執や関係性を事情として極めて不安定な立場を認める点には疑問が残る。なお、従前にAらは本件売買契約の交渉において、Xに対して『約2年前からYらに立ち退きを求めていたがYらが相続で無償で本件土地を取得しようと考えていてらちが開かないから第三者の手で問題を解決してほしい』と述べるといったX側の主張もあり、意思無能力を判断するための売買契約の合理性という観点においては社会通念上妥当でかつ著しく不利益な条件と認めるまでには相応しくなく、判断材料には乏しいと考える

 

 ③Aの夫の関与については、少なくともAがアパート経営を止めて以降、実質的に本件土地建物の処分を決定していたのはAの夫であって、本件売買契約に関しても、Xらとの交渉の場において主に発言をしていたのはAの夫であり、Aはそれをうなずいて肯定する従属的立場であった。また、Aの夫も認知症により判断能力が著しく障害されていた。以上を踏まえると、Aの意思能力の有無を判断するに当たっては、契約締結を主導したAの夫も既に相当の判断能力の低下があったことも前提とされるため妥当であると考える

 

 ④原告側(X側)の事情について、原告は不動産取引の専門家であるところ、売買契約締結当時に高齢であったAとの不動産取引について、不動産取引の専門家として十分な注意義務を尽くしたかには疑問が残るところであって、本件売買契約の有効性の判断に当たって考慮すべきであるとされている。問題とされているのは、AやAの夫がYに知らせることなく本件土地建物を売却したいなどその要望が一見して不合理で後日紛争になることが明らかであったにもかかわらず、XがAらの要望を漫然と受け入れ契約した点であるが、Aらの要望は売買契約締結前の弁護士への相談内容や売却当時の協議経緯からも一貫性を確認することができ、Xが注意義務を怠りAらの要望を漫然と受け入れたとは言い難いのではないか。また、Aは本件陳述録取公正証書を作成しているが、立会った公証人からも意思能力、判断能力に関して通常人と異なる状態を感じることはなかったとの記録があり、Aの意思能力の有無について判断することは困難だったのではないか。そもそも、Aの意思無能力を認めるにあたっては、A本人の判断能力や契約内容の合理性を基準に判断すべきであり、原告側(X側)の事情を考慮することが本件売買契約の有効性の判断に資するものかは疑問を感じる

 

 (2) X(買主側)の注意義務について

 本判例では買主側であるXの注意義務について触れられており、Xが不動産取引の専門家としての注意義務を尽くしたとは言い難いが故に、本件売買契約が無効と判断されている。

 Xは本件売買契約が正常な取引となるよう、Aによる公証人との陳述録取公正証書の作成や契約交渉から契約調印、残代金決済及び所有権移転登記手続きの全ての場面にA、Aの夫及び二女を同席してもらい契約内容について問題ないことを確認している。また、Aが相談をしていた弁護士や残代金決済に立ち会った司法書士からも売却意思については問題がなかった旨を聴取している。

 意思能力の確認義務や注意義務に関する民法として、信義誠実の原則(民法第1条2項)や不法行為責任(民法第709条)が考えられるが、本件においては判例内の事情を斟酌しても双方に反しているとは考えにくいのではないか

 本件においてAの意思無能力についてはA本人の判断能力の欠如の事実からも明らかであり、本件売買契約が無効になること自体に特段異論はないが、買主側の注意義務が過度に問われることは買主の立場を損ねる(≒注意義務違反により契約の有効を否定される)おそれが懸念されるため注意が必要であると考える

 意思能力の有無により高齢者が巻き込まれる法律問題は後を絶たないが、買主と売主の双方の立場を守るためにも、必要に応じて成年後見制度を活用するなど適切な不動産取引を行うことが重要であると感じた。

 

民法

(基本原則)

第一条の二 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

 

 不動産取引における具体例

 ・高齢者が当事者のときに、その意思能力に疑問があれば確認せずに契約するのは、「誠実」とは言えない行為。

 ・相手が重要な事実を知らないと知りながら、それをあえて黙っていた場合(=黙示の不告知)も信義則違反にあたる可能性。

 

民法

(不法行為)

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

 不動産取引における具体例

 ・高齢者が認知症であることに気づいていた、または気づくべきだったにもかかわらず契約を進め、後に家族から契約無効や損害賠償を請求された場合。

・欠陥を知りながら説明せず、買主に損害が発生したケースなど。

 

 (3)意思能力と行為能力について

 本判例では意思能力の有無が焦点となっているが、法律行為には意思能力のほか行為能力という概念もあり、これら二つの能力についてはそれぞれ判断基準や法律行為への影響が異なることから簡潔に触れることとする。

 

 意思能力とは、個人自らの行為の結果を理解して、適切に判断できる精神的な能力である。意思能力の有無は、個々の法律行為ごとにその時点の状況や精神状態を考慮して判断される。一方、行為能力とは、法律上有効な行為を単独で行う能力であり、年齢や精神状態に基づいて画一的に判断される。未成年者をはじめ、成年被後見人、被保佐人、被補助人などが法律によって制限行為能力者と規定され行為能力が制限されている。

 

 個々の状況や精神状態を踏まえ、実質的に自身の法律行為について理解ができているかどうかが能力の有無の判断基準となる意思能力に対して、あらかじめ民法が規定する制限行為能力者として能力の有無を定める行為能力には違いがある。意思能力がない状態で行った法律行為は「無効」となる一方で、行為能力がない者が行った法律行為は「取り消すことができる」ことも明確に異なる点である

 

 本判例は意思能力の欠如によって契約が無効とされた事例であるが、意思能力と行為能力の双方が法律行為に与える影響の違いについて理解することも必要であろう。

 

民法

(取消権者)

第百二十条 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。

 

(参考:イメージ図)

執筆者

【第5回】判例研究会 『高齢者を売り主とする不動産の売買契約が高齢者の意思能力の欠如を理由として無効とされた事例』

 竹内 俊雄 (一般社団法人公共用地サポートセンター、弁護士、法学博士)

 水谷 勝彦 (一般社団法人近畿建設協会)

 須崎 正  (株式会社 八州)

 上村 雅人 (独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

 登坂 健大 (独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

佐藤 匠  (独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

 

★…執筆者