Column 補償コラム

【第6回】判例研究会 『隣接する地方公共団体間の山間地における境界のうち、一部については江戸時代における利用等の状況を踏まえて確定したほか、一部については水利・治水上の観点や地勢上の特性に基づき最も衡平妥当な線として確定した事例』(境界確定等請求事件、新潟地裁令2(行ウ)8号、令5・6・5民2部判決、一部認容、一部棄却(控訴)、東京高裁令5(行コ)206号判決、最高裁上告、令7・10・2最高裁決定上告棄却)

最終更新日:2026.06.12

事実

1 事案の概要等

本件は、新潟県の地方公共団体であるX (湯沢町)が、同県で隣接する地方公共団体であるY(十日町市)との間 で、高津倉山及び高石山付近における境界(以下「本件境界」という。)に争いがあるとして、地自法9条9項に基づき、その確定を求めた事案である。

本判決は、高津倉山の南側の係争地(係争地①)については、Yの主張する境界線とし、高津 倉山の北側の係争地(係争地②)については、Xの主張する境界線とした。

なお、本判決については、双方が控訴し、令和7年2月6日高裁判決により、高津倉山の南側の係争地(係争地①)についても、Xの主張する境界線とされた。 

Yが上告したが、令和7年10月2日最高裁にて上告棄却の決定がなされ、最高判決が確定した。

 

2 関係法令の定め

地自法9条1項は、市町村の境界に関し争論があるときは、都道府県知事は、関係市町村の申請に基づき、これを同法251条の2の規定による調停に付することができる旨を定めている。

また、同法9条9項は、市町村の境界に関し争論がある場合において、都道府県知事が同条1項の規定による調停に適しないと認めてその旨を通知したときは、関係市町村は、裁判所に市町村の境界の確定の訴えを提起することができる旨を定めている。

 

3 事実関係の概略

(1) 本件の係争地

 本件の係争地は、大きく2つに分かれる。第1に、高津倉山の南側の土地(係争地①)であり、これは更に、清津川の東側の土地(係争地①の1)と西側の土地(係争地①の2)とに分かれる。第2に、高津倉山の北側の土地(係争地②)である。なお、係争地①には清津峡(国指定名勝天然記念物)の一部が、係争地②には、スキー場のリフト施設の一部が所在している。

 

(2) 紛争に至る経緯

 本件境界付近に存在した関係市町村(江戸時代末期以降のもの)として、三俣村、湯沢村、田沢村及び倉俣村がある。このうち三俣村と湯沢村が昭和30年に合併してXとなり、他方において、田沢村と倉俣村が同日に合併して中里村となり、その後、中里村が他の市町村と合併して、Yとなった。

 XとYは、遅くとも平成2年以降、本件境界に関して協議を行ってきたところ、Xは、令和1年5月に新潟県知事に対し、地自法9条1項に基づき調停を申請し、新潟県知事は、境界に関する争論につき同法251条の2の規定による調停に付した。もっとも、新潟県知事は、同年7月、同法9条1項の規定による調停に適しないと認めてXにその旨を通知し、Xは、令和2年4月、本件訴訟を提起した。

判旨

4 説 明

(1) 市町村の境界確定の基準

 最一判昭61・5・29民集40・4・603、本誌1195・41(以下「最高裁昭和61年判決」という。)は、「町村の境界を確定するに当たっては、当該境界につきこれを変更又は確定する右の法定の措置が既にとられていない限り、まず、江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する支配・管理・利用等の状況を調べ、そのおおよその区分線を知り得る場合には、これを基準として境界を確定すべきものと解するのが相当である。

 

 そして、右の区分線を知り得ない場合には、当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係町村の行政権行使の実情、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだしてこれを境界と定めるのが相当である。」と説示した。 本件において、明治以降、現在に至るまで、最高裁昭和61年判決における「法定の措置」は執られていない。したがって、最高裁61年判決によれば、ア江戸時代における関係町村の係争地①及び②に対する支配・管理・利用等(以下、単に「利用等」という。)のおおよその区分線を知り得る場合には、これを基準として境界を確定し、イこれを知り得ない場合には、係争地①及び②の歴史的沿革等から最も衡平妥当な線を見出だしてこれを境界と定めることとなる。

 

(2)裁判所の判断

 ア本判決は、前記ア及びイの観点から検討し、係争地①の2については、倉俣村(Y側)の住民は、江戸時代末期から地租改正後に官有地に編入され、入会地としての利用が制限された明治8年頃までの間、木材や馬草等の採取のために入会地として利用し、その代償として領主に米を納めるなどしてきたのに対し、三俣村(X側)の住民は、明治10年以降に立ち入ることがあったと認められるにとどまり、これを超えて、江戸時代において倉俣村の住民と同様の利用等をしていたと認めることはできないとし、江戸時代における関係町村の利用等のおおよその区分線として、Y主張のとおり認めた。

 

 また、係争地①の1については、X側の村やY側の村の間では、清津川の流路の関係で、江戸時代においても相当の往来があり、これに伴って各住民が係争地①の1にも立ち入ることがあったと考えられるものの、各住民が具体的にどのような利用等をしていたのかは明らかではなく、江戸時代末期における関係町村の利用等のおおよその区分線を知ることもできないとした。

 

 その上で、水利・治水上の観点や地勢上の特性に鑑み、Yに属するものと定めた。

 

 以上から、係争地①はいずれもYに属することとなる。

 

 イ本判決は、係争地②については、江戸時代における町村の管理、支配、利用等の状況を踏まえ、Xに属するものと認めた。

 

(3)江戸時代における町村の利用等の状況の判断

 本判決は、江戸時代における町村の利用等の状況の判断に当たって、双方の提出した江戸時代以降の図面等における位置関係や地名・字名の記載の有無・内容(なお、村境については、客観的な利用等の状況を裏付けるものとみることができるか(一方 がその認識を記載したものにとどまる可能性があるか)という観点からも検討したものとみられる。)地租改正(明治8年)に伴い官有地に編入されたことに伴う住民の対応(例えば、国に対し、民有地への編入を願い出る、拝借を求めるといった対応をしたことがあるかどうか)などの観点から検討したものとみられる。

 

5 実務上の意義

 地方公共団体の境界が訴訟で争われた事例としては、最高裁昭和61年判決や、最三判平成10 ・11・10判自185・18、福岡高那覇支判平27・ 8・20〔公刊物未登載〕〔平27〔行コ〕5号〕、東京地判令1・9・20がある。このうち、最高裁昭和61年判決(筑波山山頂付近)以外は、公有水面や防波堤埋立地付近の境界に関する事例である。

 

 本件は、山間部での地方公共団体の境界が争われた比較的まれな事例で、市町村の境界(殊に山間地周辺での境界)に関し、最高裁昭和61年判決に即して判断した事例であり、実務上参考になると考えられる。

研究

【第6回】判例研究会 『隣接する地方公共団体間の山間地における境界のうち、一部については江戸時代における利用等の状況を踏まえて確定したほか、一部については水利・治水上の観点や地勢上の特性に基づき最も衡平妥当な線として確定した事例』(境界確定等請求事件、新潟地裁令2(行ウ)8号、令5・6・5民2部判決、一部認容、一部棄却(控訴)、東京高裁令5(行コ)206号判決、最高裁上告、令7・10・2最高裁決定上告棄却)

6 研究

 当裁判所の判断の枠組み等について

 本件境界を確定するに当たっては、本件係争地域ににつき、①江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する利用等の状況から、そのおおよその区分線を知り得るかどうかについて審理し、これを知り得る場合には、これを基準として境界を画定し、②これを知り得ない場合には当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係市町村の行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだしてこれを境界であると定めるべきである。としている。

 

 つまり、境界確定においては、法定の措置がとられていない場合、

 ①江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する利用等の状況(まず、優先される。)

 ②当該係争地域の歴史的沿革

 ③明治以降における関係市町村の行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄

 ④住民の社会経済生活上の便益

 ⑤地勢上の特性等の自然的条件

 ⑥地積

 の状況により境界を判断することとされている。

 

本件判決においては、係争地①と係争地②で原告、被告それぞれの主張に裁判所の判断が分かれたが、その決め手となった理由について分析を行うこととする。

 

○係争地①の2について

 江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する利用等の状況を中心とする検討

 ・周辺の現在の地名等の呼称

 ・住民による利用等(呼称・地番等)

 ・住民による利用等(江戸時代における利用等の状況)

 について、双方の主張を検討した結果。

 

 以上を踏まえれば、係争地①の2について、倉俣村(被告:十日町市)の住民は、江戸時代末期から、地租改正後に官有地に編入され入会地としての利用が制限された明治8年頃までの間、木材や馬草等の採取のために入会地として利用し、その代償として領主に米を納めるなどしてきたのに対し、三俣村(原告:湯沢町)の住民は、明治10年以降に立ち入ることがあったと認められるにとどまり、これを超えて、江戸時代において倉俣村の住民と同様の利用等をしていたと認めることはできない

 

 そうすると、江戸時代における関係市町村の利用等のおおよその区分線としては、被告主張線のとおりであったと認められる。そして、これを変更または確定する措置は執られていないから(争いがない。)、係争地①の2における境界としては、被告主張線のとおり定めるのが相当である

 

 原告は、種々の資料を挙げて、明治以降の出来事や資料の記載について原告の主張に沿うものであると主張するものの、いずれも江戸時代の利用等の区分線に関する上記認定を左右しないというべきである。

 

○係争地①の1について。

 江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する利用等の状況を中心とする検討

 ・現在の地名等

 ・田沢村、三俣村及び湯沢村における呼称等

 ・江戸時代における田沢村・倉俣村の住民による利用等

 ・湯沢村・三俣村の住民による利用等

 江戸時代における利用等の状況を中心とする検討では、

 三俣村や田沢村、倉俣村の間では、清津川の流路の関係で、江戸時代においても相当の往来があり、これに伴って各住民が係争地①の1にも立ち入ることがあったと考えられるものの、各住民が具体的にどのような利用をしていたのかは、本証拠上、明らかでなく(互いに往来のために立ち入るにとどまっていた可能性も相応にあるといえる。)、それゆえ、江戸時代末期における関係町村のおおよその区分線を知ることもできない。

 歴史的沿革等による最も衡平妥当な線を中心とする検討

 そこで、係争地①の1については、歴史的沿革に加え、明治以降における関係町村の行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだしてこれを境界と定めることとする

 歴史的経緯や現在に至るまでの利用の経緯、行政権の行使の状況等のみからは、係争地①の1に関する境界をどのように定めるべきものか、直ちに断じがたいところである

 

水利・治水上の観点や地勢上の特性

 地勢上の特性等の自然的条件について検討すると、係争地①の1は、旧11の林班の一部ではあるものの、同林班の他の領域とは尾根で区切られ、被告主張線を分水嶺として水系を異にしており、水系としては、被告に属する旧70、71の林班や係争地①の2と連続性を有するものといえる。

 加えて、係争地①の1に係る被告主張線は、原告と被告との境界として定めた係争地①の2の被告主張線と連続して尾根を形成しているところであって、地勢上も連続性を有する。

 現に、清津川ダムが計画された際も、被告主張線付近にダム施設を設置し、その北側をダムの放水先としすることが予定されるなど、旧70、71の林班や係争地①の1と係争地①の2とで連続性のある扱いがされているのに対し、旧11の林班内部では、係争地①の2とそれ以外の部分とが区別されている。

 (なお、その後、ダム計画は中止に至っている。)このような地勢上の特性に即して境界を定めることは、係争地の利用に関する社会生活・経済生活上の便益にも資するものといえる。

 (現に、周辺の魚沼地域の多くの境界線の多くが、分水嶺を基準として定められている。)

 以上のような水利・治水上の観点や地勢上の特性に鑑みると、係争地①の1に係る最も衡平妥当な線としては、被告主張線のとおりとするのが相当である

 

○係争地②について

 江戸時代における利用等の状況を中心とする検討

 江戸時代において、湯沢村の住民による木材の伐採等を通じた利用等は、原告主張線に沿う尾根の周辺の山にまで及んでいたのに対し、田沢村の住民による利用等は、原告主張線の西側の領域にとどまっていたものと認めることができる。

 

 そうすると、江戸時代末期における関係町村の利用等のおおよその区分線としては、原告主張線のとおりであったと認めるのが相当であり、これを変更又は確定する法定の措置が執られたことはないから(争いがない。)係争地②に係る本件境界としては、原告主張線の とおりとするのが相当である

 

7 地裁判決の結論

 係争地①については被告主張線、係争地②については、原告主張線のとおり確定することとして、主文のとおり判決する。

 係争地①の2は、江戸時代における利用等の状況により確定された。

 係争地①の1は、住民の社会経済生活上の便益(ダム計画)、地勢上の特性等の自然的条件(尾根筋、分水嶺)、既に確定した係争地①の2との連続性により確定された。

 係争地②は、江戸時代における利用等の状況により確定された。

 

 この結果、本件のような境界確定訴訟で決め手となる証拠としては、①江戸時代の利用状況②行政の事業計画に対する地元の対応③地形、地勢(尾根筋、分水嶺)が重要なものとなると考えられ、林班図、地名等は参考程度の扱いとなっている

 

8 高裁判決の判断

 ア江戸時代の利用等の状況について

 1審原告側、被告側の資料の検討によれば、江戸時代における係争地①(係争地①の1及び係争地①の2)の1審原告及び1審被告それぞれの利用等の状況を確定することは困難であり、そのおおよその区分線を知り得るということはできない

 

 イ係争地域の諸事情を考慮した最も衡平妥当な線について

 そこで更に検討すると、明治43年の測定結果を踏まえた国有森林地積図(甲2、乙2,3)は旧11、72の林班の所在(地籍)をいずれも三俣村としている

 また、大正5年頃までに作成された国有森林地籍台帳(甲3)には三俣村の森林が含まれることが記載されている。

 

 そしてこれらの国有森林地籍図や国有森林地籍台帳は、江戸時代から存命である者が存在し得る時期に作成されていること、実際に上記の各記載は1審原告側の各証拠とよく整合することを考えると、江戸時代における各村の利用等の状況を全く考慮することなく作成されたとは考え難いのであって、係争地①に係る三俣村による利用等の状況が反映されている相当程度の可能性があるということができる

 

 また、その後の大正5ないし大正12年に三俣村住民が担当部署から係争地①の2に相当する旧72、係争地①の1を含む旧11の林班の産物の払い下げを求めたり、その許可を得たりしている

 

 昭和11年に田沢村及び三俣村の各村長が連名で行った史跡名勝天然記念物指定申請(甲8)において旧11の林班の「い小班」及び旧72の林班の「い小班」が三俣村の地籍をもって記載されていたことも認められる

 

 また、地形等の点からみても①の2の西側は1審原告主張線に沿う尾根から足尾沢(足尾沢川)に向かう急峻な谷となっており、これと比較して①の2の1審被告主張線に沿う尾根から東側の傾斜はある程度緩やかであることや、1審被告の集落から①の2までの距離は直線でも5kmに対し、三俣村の集落からは2km程度と比較的近距離にあることを考えると、係争地①は被告に比べて原告側の住民の生活に近い状況にあるといえる

 

 以上の事情を総合的に検討すると、係争地①については1審原告主張線をもってこれを1審原告と1審被告の境界と定めるのが衡平妥当というべきである。

 以上の検討によれば、係争地①につき1審原告主張線をもって本件境界とすることが相当である。

 

 係争地②については、江戸時代から湯沢村住民が木材の伐採等を行ってその利用を行ってきたものと認められるのに対し、田沢村住民の江戸時代における利用等が係争地②に及んでいたとは認められず、本件におけるその他の主張立証によってもこれを覆すに足りるものということはできない。

 

 そうすると、江戸時代における関係町村の利用等のおおよその区分線は1審原告主張線のとおりであったと認めるのが相当である

 

 したがって、1審原告主張線をもって本件境界とすることが相当である

 

 よって、本件境界は、主文第2項の通り確定すべきであるから、これと異なり前記第3の1(2)のとおり確定した原判決を変更し、本件境界を上記のとおり確定することとして、主文のとおり判決する。

 

9 高裁判決の結論

 高津倉山の北側の係争地(係争地②)については、1審判決と同様Xの主張する境界線としたが、高津倉山の南側の係争地(係争地①)については、1審が示した江戸時代の利用状況などでの判断は困難として、明治時代の測定を踏まえた国有森林地籍図、大正時代の台帳や林産物の関連資料、地形などを総合的に判断して、Xの主張する境界線とされた。

 

 最高裁61年判決の①江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する利用等の状況から、そのおおよその区分線を知り得るかどうかについて審理し、これを知り得る場合には、これを基準として境界を画定しするが、これを知り得ない場合に該当することとなったとの判断がなされたと考えられる。

 

 そのため、当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係市町村の行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだしてこれを境界であると定めたと考えられる

 

10 最高裁判所の判断

 令和7年10月2日最高裁決定 上告棄却となり、高裁判決が確定した。

 

11 判例研究会の意見

 本事案のような、土地の境界を決定するというような個別の法令に基づき判決を出すことが困難な案件について、どのように考えれば良いのか。

 法の源としての法源とはどのようなものであるか。

 成文法(制定法)と判例法、条理とは。

 

 具体的な規定がない場合、衡平(バランス)の取り方が重要となる

 

 本判決は、(土地を)利用しているということに重きを置いているように考えられる。

 具体的な立証方法が判決の分かれ目となったのではとも考えられる。

 今後、最高裁がどのような判決を出すのか、注視していきたい。

 

地方自治法

第9条 市町村の境界に関し争論があるときは、都道府県知事は、関係市町村の申請に基づき、これを第251条の2の規定による調停に付することができる。

2 前項の規定によりすべての関係市町村の申請に基いてなされた調停により市町村の境界が確定しないとき、又は市町村の境界に関し争論がある場合においてすべての関係市町村から裁定を求める旨の申請があるときは、都道府県知事は、関係市町村の境界について裁定することができる。

3 前項の規定による裁定は、文書を以てこれをし、その理由を附けてこれを関係市町村に交付しなければならない。

4 第1項又は第2項の申請については、関係市町村の議会の議決を経なければならない。

5 第1項の規定による調停又は第2項の規定による裁定により市町村の境界が確定したときは、都道府県知事は、直ちにその旨を総務大臣に届け出なければならない。

6 前項の規定による届出を受理したとき、又は第10項の規定による通知があつたときは、総務大臣は、直ちにその旨を告示するとともに、これを国の関係行政機関の長に通知しなければならない。

7 前項の規定による告示があつたときは、関係市町村の境界について第7条第1項又は第3項及び第7項の規定による処分があつたものとみなし、これらの処分の効力は、当該告示により生ずる。

8 第2項の規定による都道府県知事の裁定に不服があるときは、関係市町村は、裁定書の交付を受けた日から30日以内に裁判所に出訴することができる。

9 市町村の境界に関し争論がある場合において、都道府県知事が第1項の規定による調停又は第2項の規定による裁定に適しないと認めてその旨を通知したときは、関係市町村は、裁判所に市町村の境界の確定の訴を提起することができる。第1項又は第2項の規定による申請をした日から90日以内に、第1項の規定による調停に付されないとき、若しくは同項の規定による調停により市町村の境界が確定しないとき、又は第2項の規定による裁定がないときも、また、同様とする。

10 前項の規定による訴訟の判決が確定したときは、当該裁判所は、直ちに判決書の写を添えてその旨を総務大臣及び関係のある都道府県知事に通知しなければならない。

11 前十項の規定は、政令の定めるところにより、市町村の境界の変更に関し争論がある場合にこれを準用する。

 

(調停)

第251条の2 普通地方公共団体相互の間又は普通地方公共団体の機関相互の間に紛争があるときは、この法律に特別の定めがあるものを除くほか、都道府県又は都道府県の機関が当事者となるものにあっては総務大臣、その他のものにあっては都道府県知事は、当事者の文書による申請に基づき又は職権により、紛争の解決のため、前条第2項の規定により自治紛争処理委員を任命し、その調停に付することができる。

2 当事者の申請に基づき開始された調停においては、当事者は、総務大臣又は都道府県知事の同意を得て、当該申請を取り下げることができる。

3 自治紛争処理委員は、調停案を作成して、これを当事者に示し、その受諾を勧告するとともに、理由を付してその要旨を公表することができる。

4 自治紛争処理委員は、前項の規定により調停案を当事者に示し、その受諾を勧告したときは、直ちに調停案の写しを添えてその旨及び調停の経過を総務大臣又は都道府県知事に報告しなければならない。

5 自治紛争処理委員は、調停による解決の見込みがないと認めるときは、総務大臣又は都道府県知事の同意を得て、調停を打ち切り、事件の要点及び調停の経過を公表することができる。

6 自治紛争処理委員は、前項の規定により調停を打ち切つたときは、その旨を当事者に通知しなければならない。

7 第1項の調停は、当事者のすべてから、調停案を受諾した旨を記載した文書が総務大臣又は都道府県知事に提出されたときに成立するものとする。この場合においては、総務大臣又は都道府県知事は、直ちにその旨及び調停の要旨を公表するとともに、当事者に調停が成立した旨を通知しなければならない。

8 総務大臣又は都道府県知事は、前項の規定により当事者から文書の提出があつたときは、その旨を自治紛争処理委員に通知するものとする。

9 自治紛争処理委員は、第3項に規定する調停案を作成するため必要があると認めるときは、当事者及び関係人の出頭及び陳述を求め、又は当事者及び関係人並びに紛争に係る事件に関係のある者に対し、紛争の調停のため必要な記録の提出を求めることができる。

10 第3項の規定による調停案の作成及びその要旨の公表についての決定、第5項の規定による調停の打切りについての決定並びに事件の要点及び調停の経過の公表についての決定並びに前項の規定による出頭、陳述及び記録の提出の求めについての決定は、自治紛争処理委員の合議によるものとする。

執筆者

【第6回】判例研究会 『隣接する地方公共団体間の山間地における境界のうち、一部については江戸時代における利用等の状況を踏まえて確定したほか、一部については水利・治水上の観点や地勢上の特性に基づき最も衡平妥当な線として確定した事例』(境界確定等請求事件、新潟地裁令2(行ウ)8号、令5・6・5民2部判決、一部認容、一部棄却(控訴)、東京高裁令5(行コ)206号判決、最高裁上告、令7・10・2最高裁決定上告棄却)

 竹内 俊雄 (一般社団法人公共用地サポートセンター、弁護士、法学博士)

★水谷 勝彦 (一般社団法人近畿建設協会)

 須崎 正  (株式会社 八州)

 上村 雅人 (独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

 登坂 健大 (独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

 佐藤 匠  (独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)

 

★…執筆者