【第10回】判例研究会 『相続回復請求の相手方である表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるとされた事例』
公開日:2026.10.02
事実
1 事件の概要
本件は、Aの養子であるX(被上告人·被控訴人·原告)が、Aの甥であるY1、遺言執行者であるY2及びY3(上告人·控訴人·被告。以下、Y1~Y3を併せて「Y|ら」という。)に対し、Aが生前所有していた土地建物(以下「本件不動産」という。)について、YらのXに対するY1及びB(Aの甥)への持分移転登記請求権が存在しないことの確認等を求めた事案である。
Xが、Y1 及びBの有する民法884条所定の相続財産回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、Y1 及びBが包括遺贈を受けた財産の所有権を時効により取得することができるかどうかが問題となった。
民法884条
(相続回復請求権)
第八百八十四条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅す<る。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。
2 事実関係の概要
(一) Aは、平成13年4月、Y1及びB並びにXに遺産を等しく分与する旨の自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
(二) Aは、本件不動産を所有していたが、平成16年2月13日に死亡した。Aの法定相続人は、Xのみである。
(三) Xは、平成16年2月14日以降、所有の意思をもって、本件不動産を占有している。Xは、同日当時、本件遺言の存在を知らず、本件不動産を単独で所有すると信じ、これを信ずるにつき過失がなかった。
(四) Xは、平成16年3月、本件不動産につき、X単独名義の相続を原因とする所有権移転登記をした。
(五) Y2及びY3は、平成31年1月、東京家庭裁判所により、本件遺言の遺言執行人に選任された。
(六) Xは、平成31年2月、Yら及びBに対し、本件不動産に係るY1及びBの各共有持分権につき、取得時効を援用する旨の意思表示をした。
判旨
3 1審及び原審の判断
1審(東京地判令和3·1·14)、原審(東京高判令和4·7·28)とも、Xは、Y1 及びBの有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、Y1 及びBが取得した相続財産の所有権を時効により取得することができるとした。
4 本判決
本判決は、相続回復請求の相手方である表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる旨判断した上で、このことは、包括受遺者が相続回復請求権を有する場合であっても異なるものではないとし、Yらの上告を棄却した。
研究
5 研究
(一)問題の所在
相続回復請求の制度は、表見相続人(本件のX)が真正相続人(本件のY1及びB)の相続権を否定し、相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするものである(最大判昭和53·12·20)。そして、包括受遺者も相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)ことから、相続回復請求権を行使できると解されている。
他方、民法884条は、相続回復請求権の消滅時効について規定しているが、その完成前に、表見相続人が、所有権の取得時効(同法162条)の成立に必要な期間、相続財産を占有することが生じ得る。
この場合において、表見相続人が相続財産の所有権を時効により取得することができるかが本件における問題である。
民法990条
(包括受遺者の権利義務)
第九百九十条 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。
民法162条
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(二)判例及び下級審の裁判例の状況
この問題に関する判例は見当たらないが、現行民法下の下級審裁判例としては、相続回復請求権の消滅時効完成前の取得時効の成立を肯定するもの(本件の1審及び原審)と、否定するもの(大阪高判平成15·11·26、東京地判令和2·1·16)に分かれている。
また、大審院は、明治民法966条及び同条を準用する同法993条が相続回復請求権につき特別の消滅時効を定めていたことを理由に、表見相続人が相続財産中の個別財産の所有権を取得時効によって取得することを否定した(大判明治44·7·10、大判昭和7·2·9)。
昭和22年の家族法全面改正を経た民法884条も、同法966条を準用する同法933条を継承した規定であり、家制度の廃止に伴う修正を除けば、明治民法966条と文言は変わっていない。
明治民法966条
第九百六十六条 家督相続回復ノ請求権八家督相続人又八其法定代理人カ相続権侵害ノ事実ラ知リタル時ヨリ五年間之ラ行ハサルトキハ時効二因リテ消滅ス相続開始ノ時ヨリニ十年ラ経過シタルトキホ同シ
明治民法993条
第九百三十三条 第九百六十五条乃至第九百六十八条ノ規定八遺産相続ニ之ラ準用ス
なお、本件におけるYらの主張は、上記大審院判例を拠り所とするものである。
すなわち、「相続回復請求権に関しては民法966条に特別の時効の定めあり同条の規定は993条により遺産相続にもまた準用せらるる所なり。従って相続回復請求者乃ち相続人とその相手方乃ち相続権ありと称して相続財産を占有する者との間にありてはーに右特別時効の規定に拠るべくして一般の時効を定めたる民法162条の規定は相続回復請求の場合には其適用なきものと謂わざるべからず」として、短期取得時効の主張を排除した(大判明治44·7·10)。
また、家督相続について、旧民法966条において、特殊の時効期間を規定した趣旨から、相続財産に属する不動産を時効により取得することはないと判示もしている(大判昭和7·2·9)。
(三)裁判所の判断
最高裁判所は、「表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるものと解するのが相当である」と述べ、この考えは、包括受遺者が相続回復請求権を有する場合にも及ぼして、所有権を時効により取得することができると判断し、Yらの主張を退けた。
その理由として、
① 民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効と同法162条所定の所有権の取得時効とは要件及び効果を異にする別個の制度であり、特別法とー般法の関係にあるとは解されないこと。
② 民法その他の法令において、相続回復請求の相手方である表見相続人が、その消滅時効が完成する前に、相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存在しないこと。
③ 相続回復請求権の消滅時効が完成していないことを理由に表見相続人による所有権の時効取得が妨げられると解することは、同法884条の趣旨に整合しないこと。
を挙げている。
(四)学説の状況
相続回復請求権の消滅時効完成前に取得時効の成立を認める肯定説とこれを認めない否定説に分かれているが、肯定説が多数説である。
①肯定説の理由付け
·消滅時効と取得時効は次元の違う時効であり、一方で消滅時効が進行し、他方で取得時効が進行するというのが一般理論であるから、相続回復請求権の消滅時効と相続財産の取得時効との関係においても同様に解するべきであり、不法相続による占有に限って時効取得を排除すべき積極的な理由はない。
·相続に関する争いを短期で打ち切らせるのが民法884条の趣旨であるという立場からすると、否定説の立場は、かえって相続の絡んだ争いを普通の争いより長引かせることになる。
·民法834条がなければ取得時効が成立するところ、それには時効制度上の合理的な根拠がある。他方、否定説によれば同条が法的安定(取引安全)に反する機能を果たすことになるが、これを正当化するだけの政策的理由が同条にあるとは考えられない。同条に積極的意義が認められないのであれば、同条の優先適用を否定するのが妥当である。
②否定説の理由付け
·真正相続人と表見相続人の間では、表見相続人の利益をそれほど保護する必要はない。
·元来、20年間は真正相続人の権利行使の機会を確保する趣旨であったこと、5年の消滅時効の起算点も「相続権侵害の事実を知った時」であり、権利行使の機会の確保を尊重していることから、民法884条全体として、権利行使の機会確保と法律関係の早期確定の調整を図る規定と解することができ、同条の消滅時効完成前に取得時効の完成を認めることは、規定の趣旨に反する。
(五)考察
①本判決について
上記5(三)で見てきたように、本判決は肯定説を採ることを明らかにした
否定説を採用すると、表見相続人が、民法162条所定の期間、相続財産を占有し、取得時効が成立しうる状態になったとしても、その後の真正相続人による相続回復請求権の行使によりこの状態を覆すことを認めることになる。しかし、このような事態は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという同法884条の趣旨に沿わないものといえる。
本判決は、以上のような点を踏まえ、肯定説を採用する理由付けも含め、概ね学説の肯定説の見解に沿う内容の判断をしたものと考えられる。
②時効制度の存在理由
時効制度を正当化する根拠として、次の3点が挙げられる。
·永続した事実状態の尊重
(趣旨)一定期間継続した事実関係を正当な権利として認めることで、取引の安全を保護し、法的安定性を保持させる。
·立証困難の救済
(趣旨)長期にわたって一定の事実関係が継続した場合に、その間に正当な権利を証明する証拠が散逸していることが多く、権利関係を証明することができない真の権利者を救済する。
·権利の上に眠る者は保護に値しない
(趣旨)長期間にわたり権利の行使を怠った者は、法の保護を受けられなくすべき。
③本件における時効制度の存在理由の当てはめ
上記時効制度の存在理由を、本件に当てはめてみた場合、その存在理由の1つである「永続した事実状態の尊重」については、法定相続であれ、遺言相続であれ、現に占有している者がいる以上、当該占有を尊重する必要性が、期間の経過により高まることは肯定される。
一方、「立証困難の救済」については、表見相続人が取得時効を援用する場合、同人が真正相続人であるという証拠として、戸籍が存在しており、法定相続においては表見相続人には自己が真正相続人であることの証拠を保全する必要は原則として存在しないこととなる。
さらに、「権利の上に眠る者は保護に値しない」については、遺言により初めて相続人と同様の地位を得る包括遺贈の場合、事前に被相続人から遺言の存在及びその内容を知らされているといった事情がない限り、遺言が発見されるまでは権利者であることを認識することはできない。また、法定相続人でもない包括受遺者に遺言書を探索する義務はないため、過失も考えることはできない。そのため、権利行使が可能であるということすら認識できていないため、包括受遺者の権利不行使に対する批判は困難であるといえる。
④検討
以上のことを踏まえると、相続回復請求権の短期消滅時効が進行しておらず、かつ長期消滅時効が経過しないうちに、取得時効の援用を認めてしまうのは問題があるように思える。
確かに、一定程度尊重すべき占有が継続されてはいるものの、一切の権利行使の機会を確保することなく真正相続人の権利を奪う結果となってしまい、真正相続人には酷な結果となってしまうように思われる。
時効制度の趣旨から考えると、本件は遺言相続であり、かつ、真正相続人が遺言書の存在及びその内容について不知である場合には、表見相続人により取得時効の援用を認めることは真正相続人に酷であるといえる。
また、遺贈は単独行為であり、契約とは異なる。そして、遺言書は被相続人の最終意思の現れである。遺言者の最終意思の尊重及び実現という観点も尊重すべきではないであろうか。
民法964条
(包括遺贈及び特定遺贈)
第九百六十四条 遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。
