【第2回】不動産鑑定士の独り言 『土地評価の「値付け」について』
最終更新日:2026.03.13
公共用地の取得に伴う損失補償基準細則第15条は不動産鑑定評価格との調整について規定している。起業者が標準地の評価を行う場合、当該価格の妥当性を担保するため、不動産鑑定業者に当該標準地の鑑定評価を依頼し、起業者の値付けと不動産鑑定業者つまり不動産鑑定士の値付けの結果が乖離せぬように配意したものである。つまり、素人と玄人の値付けの乖離を防いで適正な標準地価格を求めようとする趣旨であろう。
練達した用地担当者ならばともかく、起業者にとって土地評価はかなり難解な領域であるはずで、標準地の値付けの過程を会得するにしても不動産鑑定士の助言は無くてはならないものだろう。しかし、起業者が求めるものと不動産鑑定士が求めるものにおいて、その価格に対する目線には微妙なズレがある。
両者が求めようとする価格の目線は「正常な取引価格」(損失補償基準第八条など)を向いてはいるのだが、土地価格判定の背景となる市場(マーケット)の微妙な違いが結果的に価格のズレとなって現れることがある。確かに、「正常な取引価格」とは「客観的交換価値」を基礎としたものであるが、損失補償基準と鑑定評価基準における「正常な取引価格」の考え方にはニュアンスの違いがある。鑑定評価基準の正常価格の定義は、「正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう」となっていて、まさに客観的交換価値と同等の概念である。また、「合理的と考えられる条件を満たす市場」とは、需要側、供給側に質的にも量的にも偏りがないマーケットを言う。
一方、公共事業による用地取得の場合、これとは異なる一面があるので観察してみたい。
地方中核都市A市郊外の市街化調整区域で道路バイパス建設工事に伴う田の用地取得が行われた事案では、近隣の田の地価水準と取得用地の価格に比較的大きな乖離が出た。
付近には高速道路のインターチェンジがあり、市街化区域との連絡性にも優れ、流通関連事業所、総合病院も目と鼻の先である。このような立地の地域では、同じ地域に様々なマーケットが折り重なっているように見えた。ひとつは純粋な農地使用を目的としたマーケット、またひとつは都市計画法との折り合いをつけて事業用地使用を目的としたマーケットである。ここに更に、道路用地取得を目的とした需要が重なる。供給者側は田の所有者として誰もが同じだが、需要者側は大きく異なった別々の目的を持ってこの地域に参入してくる。それら需要者の目的が異なれば土地の価値を計る尺度が違うのだから、損益分岐点としての売買価格に違いが生まれるのは自然なことだ。そして、道路でも河川でも、用地取得計画が惹起すると、買収予定線上の土地及びその周辺には特殊な需給関係が生まれる。
それまでの田の売買は売り手も買い手も農家等であり、価格も農地としてのそれであったものが、にわかに転用目的の価格に変わる。同時に売り手と買い手が固定され、売り手市場が形成される。売り手たる所有者にとっては理非もない状態になり、買い手たる起業者は土地収用法を背後にしつつ、定められた期間内の円滑な買収が要請される。したがって売り手は用地説明会に向けて、広範囲の公共用地の買収価格を集め、20数年前の高速道路用地買収単価がまだはっきりと記憶にある中で、自らの所有地の単価を思い思いに類比する。また、道路が完成した後の沿道の変化・発展を思い描き、そもそも早急に手放す理由が無いにも拘わらずその土地を今手放して、将来の得べかりし利益を放棄せざるをえないことに嘆息するかもしれない。しかも売り手に選択の余地はない。こうした特別の事情が強い売り手市場を形成するとみられる。
さて、このような市場での「正常な取引価格」とはいったいどういうものだろうか。
不動産鑑定評価における「正常価格」の概念とどのような折り合いをつけるのだろうか。ここに、土地評価における「値付け」の困惑があるように感じる。一般の自由市場で語られる「正常価格」と、それとやや異なった実態を見せる市場での「正常な取引価格」は損失補償の枠組みの中で再定義すべきものがあるのだろうか。
読者は「特別の損失」をご存じだろうか。これは「特別の犠牲」と言い換えてもよい。
A Iの検索によれば、「国家の適法な行為によって特定の個人が受忍限度を超える不当な財産上の不利益を被った場合に、その損失が生じる、という考え方。これは公共の利益のために私有財産を公共の用に供する際の、公平負担の理念に基づくもの。」とされている。
この特別の犠牲つまり損失を、いかにして土地評価に落とし込むか。特別の犠牲のある中での「正常な取引価格」とはどのようなものなのかという課題を「値付け」という言葉とともに土地評価担当者も不動産鑑定士も忘れてはならない。
前回のコラムで触れた「土地価格の調整前・調整後の比較」は、この「特別の犠牲」に対する公平負担の理念を具現化するための技術提案として、不動産鑑定士らの知見を活かすことができよう。
ともあれ、標準地評価において求められる標準地価格は、起業者と不動産鑑定士との間にそれほどの開差もなくひと山越えるが、それ以降、「個別比準」からは不動産鑑定士の伴走はない。ここからは用地担当者により個別的要因認定基準表と土地価格比準表に準じた「値付け」が始まる。
しかし、個別的要因認定基準の把握には多くの困難が伴う。例えば、背景にある前掲の「強い売り手市場」において、個々の画地の個性を、価格の起伏としてどの程度鮮明に表すべきか懊悩するのである。このとき、標準地評価に用いられた取引事例地や地価公示地、地価調査基準地の個別的要因認定基準との矛盾のない比較関連付けが肝要である等、個別格差率評定には多様な制約がやってくるのである。
