【第4回】不動鑑定士の独り言『同一需給圏の主役は需要者』
最終更新日:2026.04.28
土地評価書(様式)作成における最初の考察項目は、同一需給圏の把握である。
実務においては、どうしても取引事例の収集や選択に意識が向きがちであるが、その前に一呼吸置き、適切な同一需給圏の圏域認定を行わなければ、その後の作業の進み方に大きな影響を及ぼすことになる。うまく流れに乗れば好影響となるが、ひとたび逸脱すれば、全体に悪影響を及ぼしかねない。取引事例に目を奪われるあまり、肝心な手順を軽視してしまうのである。
同一需給圏は土地評価書(様式)の冒頭に記載される事項であるが、住宅地域、商業地域、工業地域といった用途的地域全般において、これまで深く考察される機会は必ずしも多くなかったように感じている。
また、この範囲は市場分析や取引事例収集エリアの区分に不可欠であるにもかかわらず、起業者との間で議論の俎上に載ることも比較的少なく、本来的な扱いがなされていないのではないかという印象も拭えない。
同一需給圏の分析は、やがて地域要因の認定基準と強く結びつき、さらに取引事例や公示地等に対する標準化補正においては、類似地域等の個別的要因認定にも大きな影響を与える。しかし、土地評価担当者にとっては、意外にも消化不良のまま扱われている領域ではないだろうか。
同一需給圏の概念について最も詳しく述べているのは、不動産鑑定評価基準第6章第1節Ⅱにおける説明である。そこでは、同一需給圏とは「対象不動産と代替関係が成立し、その価格の形成について相互に影響を及ぼすような関係にある他の不動産の存する圏域」とされ、近隣地域を含んでより広域的に形成される、と整理されている。
一方、損失補償基準等にはこの点の詳細な解説が見当たらず、実務と並行して、隣接分野である不動産鑑定評価基準を読み込むことが、結局は近道になるのだと思う。
ここで、同一需給圏を少し別の角度から言い換えてみたい。
同一需給圏とは、つまるところ「ある種の不動産について、通常、どのような人が、どの範囲(圏域)でそれを探すか」を想像したときに立ち現れる輪郭である。
同じ土地でも、用途(あるいは類型)が変われば、需要者の顔ぶれが変わり、探す範囲が変わる。ゆえに同一需給圏の広狭も変わる。たとえば中規模の戸建住宅地であれば、探す範囲は市区町村やその隣接市町村程度に収斂しやすいが、賃貸用事務所ビルのように需要者の射程が広い不動産では、圏域が都市圏、時に全国規模に及ぶことがある。
こう考えると、同一需給圏の「主役」は供給者ではなく、むしろ需要者である、という感触が得られる。
さて、以下では同一需給圏に関連するいくつかの論点を取り上げてみたい。
<論点1>
工区延伸と標準地更新――「同じ用途」でも同じ需給圏とは限らない
河川や道路事業において、用地買収の進捗に伴い工区が延伸し、新たに標準地を設けることは少なくない。例えば、標準住宅地域や混在住宅地域など、いわゆる用途的地域が同じである場合、新設される標準地の同一需給圏はどのように考えるべきだろうか。
過年度事業区域の標準地と近接し、用途的にも同一であれば、同一需給圏は大きく変わらないと考えられる。しかし、一定の距離を置いた場合には、用途的地域区分が同じであっても、同一需給圏の範囲が相違する可能性は十分にある。
同一需給圏と標準地とは、不動産に係る経済活動を介して密接な関係にあり、その地理的範囲は当該標準地の置かれた状況に応じて変化する。土地評価担当者は、過年度の標準地を注意深く観察しつつ、新たに臨む工区の同一需給圏を、先入観にとらわれることなく見極める必要がある。
一方で、同一事業であるにもかかわらず、土地評価担当者や土地評価業者が交代するたびに、本来は連続性を保つべき同一需給圏の範囲に不整合が生じる場合もある。この点については、事業全体として一定の整理が求められるところであろう。
<論点2>
林地の「標準的標高」はどう特定するのか
細かな事案ではあるが、林地の土地評価において次のような疑問が生じることがある。
土地価格比準表における林地地域要因の自然的条件には「標高」が掲げられている。鑑定評価基準でも林地地域の地域要因として「標高、地勢等」が例示されている。
しかし、実務で問題になるのは、比準表が想定する「同一需給圏内の標準的な標高」とは、どのように特定されるべきなのか、という点である。
同一需給圏内の林地の容積を求め、それを面積で除すという考え方も理屈の上では成り立つかもしれない。公開地図データを用いれば技術的に算定可能ではある。しかし、複雑な立体形状を平均化して得られる数値は、意味の薄い平均標高に過ぎず、それをもって「標準的標高」と認定することに妥当性があるとは思えない。
インターネット上には「〇〇町の平均標高」「〇〇郡の平均標高」といった表現も見られるが、これらも実務に耐えうるものとは言い難い。
結局、同一需給圏の設定と同様に、標準的標高もまた“需要者の選好と取引の現場感覚”に接地させながら、説明可能なかたちで置かなければならないのだろう。
<論点3>
同一需給圏の輪郭は「需要者の選好」が描く――そして非対称にもなる
人口3,000人のA村と、これに隣接する人口50,000人のB市との行政境界付近で、幹線道路拡幅の用地買収を行う事案を考えてみよう。
A村側に設定された標準地Aについては、A村内に近年の取引事例が見当たらないことが珍しくない。このような場合、隣接するB市の取引事例を採用せざるを得ず、B市の一部を同一需給圏に含めるための要因分析が必要となる。
では、この場合、市場の特性はどのように把握されるべきだろうか。
同一需給圏の輪郭を決めるのは、結局のところ「主導的な役割を果たす典型的な市場参加者」――すなわち代表的需要者の選好である。先に述べたとおり、同一需給圏は“どのような人が・どの範囲で探すか”を想像して初めて具体化する。
例えば、標準住宅地域であれば30代から40代の勤労者世帯が代表的需要者となり、優良住宅地域であれば富裕層もこれに該当する。すなわち、こうした代表的需要者が居住地として選好する範囲こそが、同一需給圏の実質的な範囲となるのである。
さらに鑑定評価基準では、地縁的選好性により同一需給圏の地域的範囲が狭められる傾向があることにも留意すべき、と述べている。
この観点から見ると、前述のA村の同一需給圏はB市の一部にまで及ぶ一方で、事業が進み、新工区がB市側に移った場合には、その標準地の同一需給圏にA村が含まれなくなる――といった現象も生じ得る。需要者の選好性に起因する、いわば「非対称性」を内包している点も、同一需給圏の特徴の一つといえるだろう。
案外、「同一需給圏」ではなく「同一需要圏」と呼んだ方が、理解の間口は広がるのかもしれない。主役が需要者であることが、言葉の上でも見えやすくなるからである。
