【第5回】不動産鑑定士の独り言「土地評価と土地勘」
最終更新日:2026.05.26
前回、同一需給圏の主役は需要者であると述べた。
そうであるならば、その需要者がどのような土地で、どのような暮らしを営み、どの範囲を生活圏としているのかを知らずして、真に実態に即した土地評価はできないのではないだろうか。今回は、そのことを強く意識させられた一事例を紹介したい。
Y県の豪雪地帯A村で土地評価を行った際のことである。
中流の川筋に迫る山村へと入り、有名な温泉地へ細く続く国道沿いに、小さな邑に農家が屋根を伏す景色が見えてきたころ、時計はちょうど午後一時を指していた。起業者との集合場所に時間どおり到着し、まずは安堵した。県境を越えて片道四時間の行程である。初めて訪れる土地は、どれほどナビゲーションが発達しても、事前に資料を読み込んでいても、やはり不案内なものだ。
秋田県内であれば、その先にどのような景色が広がり、人々がどのような暮らしを営んでいるのか、公示地や調査地、過去の取引事例や評価先例まで含めて、ある程度は身体に染み込んでいる。しかし他県となると、そうはいかない。そのことが、どこか心もとない。地域要因の調査も、対象土地の確認も、時間は限られている。翌日の昼過ぎには帰路につかなければならず、秋田での予定も詰まっていた。
その日の現地調査を終えたのは午後四時。夏場でまだ明るかったが、公共機関での調査を重ねるには時間が足りない。そこで、同一需給圏および近隣地域の把握を深めるため、住民への聞き取りから始めることにした。
農作業を終え、小屋で帰り支度をしている方に、集落名の由来や夏季と冬季の暮らしぶりを尋ねる。そうした中で、ひとつ印象的な話を聞いた。
「この集落までは雪はそれほどでもないが、あのスノーシェッドを越えると、全然違う。」
一見すると同じような山里である。しかし、地形や山容、わずかな標高差によって積雪量は大きく異なるという。そこで私は、そのスノーシェッドを近隣地域認定のための地物の一つとして捉えることを考えた。そこでは川筋が国道に迫り、平地が途切れ、五十メートルほどの覆道が介在している。集落間には距離もあり、地形的にも連続性が断たれているように見えた。
翌日、広域的な土地勘を補うため県の出先機関を訪ねた。地域の成り立ちや文化、公共事業の動向、取引事例の分布などを整理しながら、近隣地域の地理的範囲について誤りがないか確認する。その際、用地課の担当者にスノーシェッドの件を持ちかけてみた。
返ってきた答えは、意外なものだった。
「スノーシェッドの手前も向こうも、同じ範囲だと思いますよ。」
距離的な分離や地勢上の断絶があっても、地元の認識は一体であるという。その理由はこうであった。
二つの集落は山裾によって隔てられてはいるが、道路も川筋も共通しており、昔から姻戚関係も多い。互いの集落でわずかな農地や宅地を分け合い、分家として新しい世帯を築く例も今なおある。確かにスノーシェッドは存在するが、多雪という厳しい自然条件のもとで、共同体意識がかえって強く保たれているというのである。
つまり、暮らしの実態として代替関係や依存関係が濃く、いわば運命共同体のような性格を持つ地域であるため、これを二つに区分して分析すれば、地元の理解を得にくいというのであった。地権者から説明を求められた際にも、一体の近隣地域として捉えた方が実態に即し、納得を得やすいという判断である。
当初、私は地形や地物を基準に近隣地域の範囲を区画しようとした。しかし、地物以上に強固な人と人との関係が、地域の輪郭を形づくっている場合もある。そのことを、この地で改めて教えられた。
二週間後、起業者および設計共同体のパートナーコンサルとの協議があったが、近隣地域の範囲について特段の疑義は生じなかった。もしスノーシェッドで地域を区切っていたなら、異論が出ていたかもしれない。
不動産鑑定業務では県内を主な活動エリアとしているが、土地評価においては県外への出張も少なくない。長く経験を積んでも、初めて訪れる土地では土地勘が伴わない。地元の人々の知見に、容易に追いつけるものではない。
だからこそ、可能な限り現地に足を運ぶ。取引事例を探し出し、測定し、撮影し、資料を集め、そして人々の話に耳を傾ける。そうして初めて、近隣地域や類似地域の動向、さらにはその土地の将来像が、少しずつ輪郭を帯びてくる。
土地評価において、土地勘は単なる経験則ではない。
それは、需要者の生活実態に近づこうとする姿勢の積み重ねであり、その姿勢こそが、より実態に即した評価へと導くのではないだろうか。
