Column 補償コラム

【第9回】不動産鑑定士の独り言『移行地に関する所感』

公開日:2026.09.01

長く不動産鑑定評価実務に携わっていても、「移行地」を意識的に取り扱う機会は案外少ないのではないだろうか。

種別間の変化であれば、「宅地見込地」という概念があり、その成熟度を見極めながら評価を進めることができる。

しかし、同じ種別の中で地域の性格が徐々に変化していく場合、つまり住宅地域の中で細区分が変化するようなケースは、それほど多く経験するものではない。

もっとも、近隣地域は常に変化の過程にある。価格形成要因が少しずつ変わっていくこと自体は不思議ではない。ところが、その変化の途中を切り取って観察し、評価上の判断を迫られる機会は意外に少ないのである。

人口減少や高齢化に直面する地方都市や郡部では、かつての商業地域が住宅地域へと変化した例も珍しくない。また、標準住宅地域が混在住宅地域へ移行していく姿も目にする。

一方で、農家集落地域が徐々に混在住宅地域や造成宅地地域へと変化していく例は、多くの読者が日常的に見ている光景ではないだろうか。

生物の細胞が少しずつ入れ替わるように進行する移行地地域は、宅地見込地のように将来の方向性が比較的明確な地域とは異なり、その変化のベクトルを捉えにくい。そのため、土地評価実務や不動産鑑定評価においても、地域の種別判断が難しいのである。

時計の短針の動きに気付きにくいように、木々の成長や我が子の生育、あるいは自らの老化に気付きにくいように、人は地域の変化についても静的に捉えてしまう傾向があるのかもしれない。もしそうであるならば、私たちは知らず知らずのうちに、的外れな地域分析を行ってはいないだろうか。

 

(1)不明瞭だが大きな変化

不動産用途の移行は、ある日突然起こるものではない。

じわりじわりと進み、気付かぬうちに地域の性格を変えていく。

重要なのは、一時的な流動状態ではなく、用途的な変化が継続的かつ着実に進行している状態を見極めることである。しかし、移行の先端部分を見つけたとしても、それが単なる偶発的現象なのか、移行の萌芽なのかを判断することは容易ではない。

振り返れば、移行が終わった後になって初めて、その始まりに気付くことも少なくないのである。

私の住む地域の近くには、昭和40年代に水田を開発して形成された住宅地がある。

当時の旺盛な宅地需要に都市計画が追いつかず、小規模な分譲地が点在し、それらが寄り集まって雑然とした街区を形成していた。街路の系統性や連続性に乏しく、空き地や農地も残り、狭い袋路も散見される地域であった。

ところが、その地域に都市計画道路が整備されたことで状況は一変した。

それまでの不利不便が大幅に解消され、地域の変化が始まったのである。

もっとも、変化したのは都市計画道路沿いの限られた区画だけであった。背後の住宅地や70坪、80坪程度の既存宅地は、ほとんど以前と変わらない。

一方で、大きく変化したのは、2反から3反ほど残っていたまとまった農地であった。そこにはドラッグストア、コンビニエンスストア、玩具量販店などが進出し、事業用地へと転換していった。

これもまた、地域の「移行」の一形態である。

しかし地方小都市では、その変化の速度は緩慢である。

10年、20年という時間をかけて進行するため、いつの時点で「移行地域」と認定するのか、明確な基準を設けることは難しい。

そのため実務では、住宅地域から混在住宅地域へ、あるいは近隣商業地域へと、用途的地域を比較的明確に区分して処理することが多いように思われる。そこでは、「移行地域」という概念自体が希薄になりがちである。

 

(2)移行地・移行地域とは何か

不動産鑑定評価基準第2章第1節「不動産の種別」では、宅地地域、農地地域、林地地域などの大区分において、ある種別から別の種別へ転換しつつある地域の存在に触れている。

これは、いわゆる宅地見込地地域に代表される考え方である。

さらに同基準は、宅地地域や農地地域の内部においても、細分された地域相互の間で移行が生じることに留意すべきとしている。

つまり、住宅地域から商業地域へ移行するケースもあれば、同じ住宅地域の中で混在住宅地域から標準住宅地域へ移行するケースもあり得るのである。

また、「土地の種別」に関する規定では、土地の種別は地域の種別に応じて細分されるとされている。

言い換えれば、地域の変化に伴って土地の種別も変化するということである。

さらに、不動産鑑定評価基準第6章第1節Ⅱ「地域分析」の中には、移行地について次のような記述がある。

同一需給圏は、一般に当該土地が移行すると見込まれる土地の種別の同一需給圏と一致する傾向がある。ただし、熟成度の低い場合は、移行前の土地の種別の同一需給圏と同一のものとなる傾向がある。

この記述から読み取れるのは、移行地にも「熟成度」という概念が存在することである。

しかし、宅地見込地の熟成度と比較すると、その濃淡ははるかに認識しにくい。

また、評価の時点で移行前の種別を重視すべきなのか、それとも移行後の種別を重視すべきなのかという問題も生じる。

普通商業地域なのか近隣商業地域なのか。

中小工場地域なのか混在住宅地域なのか。

農家集落地域なのか造成宅地地域なのか。

その組み合わせは様々であり、土地評価実務でも判断に迷うことが少なくない。

 

(3)土地価格比準表にどう反映するのか

例えば、普通商業地域と近隣商業地域のどちらに属するかを検討する場合、それは同じ商業地域内での選択に過ぎないため、「移行」という認識を持つ人は少ないかもしれない。

しかし、その地域が変化の過程にあると考えるのであれば、これもまた移行の問題として捉えることができる。

一方で、農家集落地域から造成宅地地域、あるいは標準住宅地域への変化は、市街化や宅地開発といった目に見える変化を伴うため、移行の端緒を比較的捉えやすい。

かつてこんな事例があった。

A市の市街化区域内に残された農家集落地域である。

未利用の屋敷畑に4区画、6区画程度の小規模分譲地が突如として現れた。

地域の地価水準は20,000円/㎡程度であったが、その分譲地は40,000円/㎡で短期間のうちに完売した。

広大な農家敷地の一部を開発業者が取得して造成するため、既存農家は残る。しかし、周辺農地にも次々と開発が及び、地域の性格は急速に変化し始めた。

もし、このような地域で公共事業が行われた場合、評価方針はどうなるだろうか。

一つは、事業区域全体を移行地地域として扱う方法である。

しかし、地価水準に倍近い開差が存在する以上、一つの標準地で処理することは容易ではない。

もう一つは、農家集落地域と造成宅地地域に区分して評価する方法である。

この場合は複数の標準地を設定する必要が生じる。

そして、どちらを選択したとしても、不動産鑑定士の意見書が重要な役割を果たすことになるだろう。

例えば、

①近隣地域の範囲に関する意見書

②農家集落地域内の造成宅地に関する個別比準の意見書

③移行地地域に対応した独自比準表に関する意見書

④取引事例採用に関する意見書

⑤個別格差率の整理に関する意見書

⑥規準とすべき公示地・基準地に関する意見書

などが考えられる。

土地価格比準表を見ると、「農家集落地域」「造成宅地地域」「標準住宅地域」の相互間には、大きな格差率が設定されている要因が少なくない。

例えば、「居住者の移動及び家族構成の状態」や「画地の標準的面積」などは、農家集落地域特有の地域要因として位置付けられている。

それにもかかわらず、各用途的地域に「移行地地域」の比準表が設けられていないのはなぜだろうか。

おそらく、移行という現象があまりにも多様であり、その成熟度や方向性も千差万別であるため、一律の比準表に整理することが難しいからなのであろう。

移行地とは、変化の途中にある地域である。

そして、その「途中」であるがゆえに、地域分析も価格形成要因の把握も難しい。

しかし、人口減少や地域構造の変化が進む今日において、移行地は決して特殊な存在ではなくなりつつある。むしろ今後の土地評価実務においては、こうした移行の過程をどのように読み取り、どのように価格形成へ反映させるかが、これまで以上に重要なテーマになっていくのではないだろうか。

執筆者

【第9回】不動産鑑定士の独り言『移行地に関する所感』

白沢 啓(しらさわ ひとし)プロフィール

 

 

 

昭和30年秋田県に生まれる。23歳から福島県の不動産鑑定事務所に4年、仙台支店に2年勤務する中、不動産鑑定士の資格を得る。28歳で地元秋田市にて不動産鑑定業者登録。

 

以来40数年、主に国道バイパスや河川および高速道路用地鑑定評価、ダム関連鑑定評価等公共事業にかかる用地買収の鑑定評価業務とともに、損失補償基準にかかる土地評価業務、用地説明会参加、標準地比準評価法のシステム化を行い、令和6年第一線から退く。

趣味はサックス(E♭)、絵画、スポーツトレーニング。